掲載日:2025/05/26更新日:2025/05/29
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月面に降り立った瞬間、宇宙服を脱ぎ、そのまま暮らせる“走る基地"に。さらに30日以上も自在に月面を走破していく――そんな前人未到の月面探査車である、トヨタとJAXAが共同で研究・開発する有人与圧ローバー「ルナクルーザー」推進・開発メンバーの公募がスタートした。同公募にあたり、現在まさにルナクルーザー開発に携わる浅村 彩さん(先進スペースモビリティ開発部 システム推進室 電気・電子グループ )を取材した。もともとJAXAにてロケットエンジニアとして働いていた彼女は、なぜ同プロジェクトへの参画を決めたのか。そこには日本初の「有人宇宙機」への熱い思いがあった。
トヨタ × JAXA共同研究・開発|月面探査車・有人与圧ローバー「ルナクルーザー」
▼ルナクルーザー(正式名「有人与圧ローバー」)について
50カ国以上が参加し、国際協力のもと進められている「アルテミス計画(※)」――その月極域での長期滞在を「走る基地」として支えるのが、トヨタ自動車とJAXAが共同で研究・開発する有人与圧ローバー(同社愛称:ルナクルーザー)だ。月面での「居住機能」と「移動機能」を併せ持つ世界初となる有人宇宙機だ。キャビン内の気圧を調整し地上に近い環境を作り出すことで、乗員は宇宙服を脱ぎシャツで過ごせる。移動に用いる電力を得る方法も特徴的だ。日照時には太陽電池による電力と水を用いて水素と酸素を製造し、夜間は燃料電池(FC)で発電する。こうしたエネルギーの循環により、月面での探査を長期的かつ安定的に行うことができる。
(※)アルテミス計画・・・アメリカ航空宇宙局(NASA)が主導する、月面への有人着陸および長期滞在を通じた持続的な月探査を目的とした計画。同計画で日本は有人与圧ローバーを提供する代わりに、日本人宇宙飛行士による2回の月面着陸機会を得ることが決まっている。米国人以外の月面着陸が実現すれば、初の事例となる。
【ルナクルーザー推進・開発に携わる魅力について】
2031年を打ち上げ目標に、今まさに研究・技術開発が進められているルナクルーザー。月面探査の新たな可能性を切り拓く、その一員となれることが最大の魅力に。「再生燃料電池」「オフロード走行性能」「オフロード自動運転」「UX(ユーザーエクスペリエンス=居住性、視認性、操作性など)」という4つのコア技術を軸に、厳しい月面環境や極限環境での耐久性、効率的なエネルギー利用など先端技術と開発の知見を得ていくことができる。より迅速かつ精巧に技術開発を進めていくために、技術系から事務系まで多岐にわたるポジションにて一斉公募が実施される。ここで得た経験、知見、技術は、地球上での技術革新にも大きく貢献していくものとなる。「人類の大きな一歩」を担う一員と働くことができる、希少な機会となるだろう。
「自動車業界」と「宇宙業界」の橋渡し役に
12年間、JAXAに在籍し、ロケットエンジニアとして働いてきた浅村さん。なぜ、彼女は次なるキャリアとしてトヨタを選んだのだろう。まずは「転職を考えるようになったきっかけ」から話を聞くことができた。
JAXAでは12年間にわたり、ロケット一筋でさまざまな研究開発に携わり、とてもやりがいのある日々でした。同時に、私自身の夢でもあるのですが、日本初の「有人ロケット」開発にいずれ携わっていきたい、そのためにも有人分野の経験を民間で積んでいきたい、そういった思いが大きくなっていきました。
そもそも、日本では有人分野の開発はほとんどプロジェクトとして立ち上がっていないのが現状です。もちろんJAXAにも開発を行う部署はありますが、やはり有人分野での開発に携わる機会はほとんどありません。また、ロケット開発自体、大きな方向性として「民間主導で進めていく」というトレンドがあります。今後、JAXAは「産学官の結節点」として、民間主導の宇宙開発を支援し、フォローアップしていく。そういった役割の強化を方針として掲げているタイミングでもありました。そういった立場で、宇宙開発に関わることにも大きな魅力があると思います。ただ、果たして自分自身がその「結節点」の役割を果たせるのか。30代前半、まだまだ開発経験も浅く、ビジネスの経験も乏しい。もっといえば、エンジニアとしてまだ「現場」に立っていたい。そう考え、民間企業への転職を考えるようになりました。
転職先として、宇宙スタートアップをはじめ、さまざまな選択肢があったはず。そういった中でも、なぜ「トヨタ」だったのか。浅村さんはその決め手について振り返ってくれた。
これまでも日本が部分的に宇宙ステーションなどの開発を手掛けてきた実績はありますが、いずれもNASAや他国との共同プロジェクトでした。その点、「ルナクルーザー」は日本が手掛ける初めての有人宇宙機であり、独立したシステム。このプロジェクトに参画し、日本初となる有人分野での知見を得たいと考え、志望しました。
また、トヨタのオウンドメディアである『トヨタイムズ』を見ていく中で、「100年に1度の転換期が来ている」「私たちは自動車会社ではなく、モビリティの会社になる」といった宣言があり、すごく感銘を受けました。日本を代表するこれだけの大企業でありながら、甘んじることなく、より大胆な変革を志向していく。心を動かされましたし、その姿勢をいずれ「宇宙業界」に持って帰りたいといった思いも持つようになりました。
特に基幹産業である「自動車業界」と「宇宙業界」、双方における大規模システムの開発や、それらをつなぐ「橋渡し」となる人材が非常に少ないのが現状です。それであれば、私自身がその「自動車業界」と「宇宙業界」の橋渡し役になっていきたいと考えました。たとえば、「自動車業界」の迅速な開発手法、効率性を「宇宙業界」に取り入れていく。一方で、「宇宙業界」が持つ大規模システムの難しさ、制御方法の違い、スケール感を「自動車業界」に持ち込んでいく。両業界の良い面を取り入れ、相互に影響を与え合うことで、新たな価値を生み出していけるのではないか。そして、最終的に両業界の発展、宇宙業界全体に寄与していきたい。そう考え、トヨタへの入社を決めました。
浅村 彩(トヨタ自動車 先進スペースモビリティ開発部 システム推進室 電気・電子グループ)
2013年4月、宇宙航空研究開発機構(JAXA)へ入社し、種子島宇宙センターにて約3年半にわたりロケット打ち上げ現場の運用業務に従事。予算管理や射場スケジュール調整、天候判断、官公庁との調整などを担当し、イプシロンロケットの初打ち上げにも参画。その後、筑波宇宙センターにてロケット搭載アビオニクス開発に従事し、航法センサや通信機器、自律飛行安全計算機、1段再使用実験機の開発を担当(「航法センサ」とはロケットの位置や速度を検知するシステムで、地上の管制官が安全性を判断するための重要な役割を果たす)。2023年には自身が携わった「自律飛行安全計算機」の飛行実証が成功、2024年には国際学会で成果を発表した(同技術はロケット自身が飛行位置を判断できる仕組みを実現し、民間の小型ロケットにとって大きなメリットがあるとされている。)その後、自身の夢でもある「有人宇宙機」領域での開発に挑戦するため、2024年11月にトヨタ自動車株式会社へ入社し、現職に至る。
「まだまだ成長していける」が感じられる喜び
こうして2024年11月、トヨタへと入社した浅村さん。現在の担当業務とやりがいについて聞いた。
現在は、ルナクルーザーにおける電気電子システム、その中でも特に「船外通信システム」の要件定義・概念設計を担当しています。月面にローバーを届けた後、有人にせよ、無人にせよ、通信は必ず必要になるもの。月面というと未知の世界のように思われますが、太陽電池パネル、月面、クレーターは、どのように信号を反射するのか、さまざまな影響を考慮した設計は、JAXA時代に向き合っていた「通信にとっての課題」との共通項も多い。
同時に、とてもおもしろいのは、さまざまな場面での通信が求められる点です。特に「船外通信」は月面にいるローバーと、NASAが開発を主導する月周回有人拠点(Gateway)、衛星を経由した通信、そして地球局との直接通信を行う機能を差します。つまり、38万キロ離れた月と地上管制室をつなぐ重要な役割があります。たとえば、宇宙飛行士たちが月面にいるのか、先ほどのGatewayにいるのかによって通信の仕方は異なります。もっと言えば、通話なのか、ローバーの状況を伝えるものなのか、カメラの映像送信なのか。仮に途切れた場合にどうするか、通信できていた地点まで戻る設計にするのか、それとも進むのか。システムの設計と同時にそういったシミュレーションも繰り返しているところです。
いずれ実際に月面を走行できるようになれば、それらのデータは蓄積・マッピングされ、「月の地図」を作り上げていくことにつながります。月面上の安全な場所、危険な場所、そして道が形成されていく。そう考えるとすごくワクワクしますよね。さらにその先の目標として「11ヶ月間の無人ミッション」の遂行が掲げられています。地上から「誰も乗っていないローバー」を月面で動かしていく。本当にそれが実現できるのか。とてもチャレンジングな取り組みに携わっている実感が得られています。
また、そのプロセスにおいて「新しい世界」を知れる。ここも大きなやりがいとなっています。たとえば、「国際共同プロジェクトでは、こういった規格で通信しているのか」とその技術やアプローチに驚くことばかり。というのも、JAXA時代のロケット開発では、国内で設計が完結しており、通信路やフォーマットを自由に設計することが大半でした。一方で、国際共同プロジェクトだとそうはいきません。ユーザーが従わないといけない部分・自由に設計できる部分が明確にあります。つまり通信相手がNASAの地球局であったり、他国の民間企業が開発したシステムであったり、全く異なるシステムと通信していくため、どこからどんな信号が来るかわかないということ。その国際規格をはじめ、新たな知見や技術を学び続けていける。当然、自分だけでは勉強しきれない部分も多いので、専門特化した方々に話を聞きながら進めていくのですが、日々覚えることばかり。まるで学生に戻ったかのようにとても新鮮ですし、「まだまだ成長していける」と感じることができています。
「自動車業界の方々と仕事をすることで、良い点、改善していくべき点、それぞれ客観的に宇宙業界を見つめ直す機会が得られています。」と話をしてくれた浅村さん。
必ず月に行ける保証はない。それでも着実に前へ
やりがいの一方で、事前に知っておくべき「厳しさ」とは――。
当然、国際共同プロジェクトですので、自国だけではコントロールできない部分があります。一つひとつの目標を達成するために、相手国の協力が必要となります。もちろん、世界情勢が変化していく中で、予測ができないことも起こり得るもの。ですので、2029年に必ず打ち上げられる、2030年に必ず月に行ける、そういった保証はありません。それでも目の前の課題に向き合い、着実に準備を進めていく。行ける時のために、歩みを続けていく。そういった姿勢や向き合い方が求められるプロジェクトですし、事前に知っておくべきポイントだと思っています。
その他、私自身がぶつかった壁でいうと、開発を進めていく上での前提、共通言語、用語そのものの意味が異なり、上手く通じない、伝わらないといった場面もありました。いかに一つひとつ噛み砕きながら進めていけるか。私自身これまで「相手の理解」に頼りすぎたコミュニケーションを取っていたのだと気づく機会になりましたし、まだまだその難しさには直面しているところです。
もう一つ、これもコミュニケーション上の課題ですが、前職時代の経験を通じ、「このまま行くと失敗する」という要因を見つけたとしても、同様の経験のない方々に伝えていくのは難しいところがあります。相手が「まだやっていないから分からない」と考えるのは当然で、むしろ失敗を経て理解が深まる部分があります。どこまで、どう伝えていくべきか。そういった場面で感じる一種の「もどかしさ」は、自分の表現不足、説明スキルの足りなさに起因しています。過去の失敗、経験則をそのまま伝えるのではなく、いかに現在のプロジェクトに最適化し、伝え、進めていけるか。そして、自動車開発の良いところを否定せず、両者を融合させられるか。これからも試行錯誤を重ね、最適な形を模索したいと思います。
もともと宇宙に興味を持ったきっかけについて「原体験は、子どもの頃に見たアニメ 『セーラームーン』だったように思います(笑)」と振り返ってくれた浅村さん。「太陽系の惑星をモチーフにしたキャラクターたちのことが大好きで。そこからプラネタリウムに行ったり、夜空を見上げたり、星座や天体が好きになり、宇宙やロケットに憧れを抱くようになりました。もともと天体に興味はありつつ、とてもシンプルな「とにかく大きなもの、速いものを自分で開発し、それを動かしたい」と動機で、大学では船舶工学を学びました。「こんなにも大きなものが動くのか」という驚き、感動、圧倒される感覚が好きなのだと思います。その構造を理解し、設計して動かしていく。それが実行できた時の達成感を得たいのかもしれません。まさに「宇宙」や「宇宙機」は人類が携わるもののなかで最大級のスケールがあり、そこに大きな魅力を感じています。」
誰もが「宇宙」にいける世界へ
そして取材後半に聞けたのが「仕事で実現したいこと」について。
まずは私自身というよりも、宇宙業界全体の課題感と重なるのですが、中長期的な目線として、素晴らしい技術がたくさんある中で、それらが持続可能なカタチで活かしていけるようにしていきたいと考えています。どうしてもロケット・宇宙機の開発は、一つひとつのプロジェクトが大規模であり、維持していくためには膨大な資金が必要とされます。つまり「持続させていくこと」が非常に難しい。とはいえ、同じものを、同じように作り続けるだけでは技術は衰退してしまう。そうしないためにも、どうすれば収益が見込める事業モデルが構築できるのか。そして、関わった企業、技術者が、その設計や技術を活かし、持続的に事業を発展させていけるか。とても大きな課題ではありますが、私自身もそういった視点を持ちながら、開発に向き合っていければと思っています。
そして、これは個人的な夢でもあるのですが、きちんと「有人与圧ローバー」の技術を残し、日本初の「有人ロケット」開発につなげていきたいです。有人ロケットは、いわば飛行機の延長のような存在ですし、私は「あって当然のもの」だと考えています。そして、いずれ誰でも宇宙に行ける世界にしていきたい。何よりも私自身が宇宙に行きたいです(笑)。現在は厳しい訓練を受けた宇宙飛行士しか宇宙に行くことはできませんが、エンジニアでも、調理師でも、それぞれの人たちが、それぞれの職業のまま、気軽に宇宙へと行く。そんな未来も夢ではありません。たとえば、多くの人たちが当たり前にローバーを個人所有し、車検場も月面にあったりもして。「ちょうど車検も切れそうだし、月まで行こうか」と気軽に行ける、そういった世界を目指していければと思っています。
最後に、浅村さんにとっての「仕事」とは――。
答えになっているかわかりませんが、一人では決して成し得ないことを、多くのメンバーと共に成し得ていくこと。そして、その成果を受け継いでいくものだと思っています。宇宙機開発は長期的な視点で進めることが多く、一つのプロジェクトに対し、少なくとも10年ほどの時間を要する場合が一般的です。また、大規模なシステムなので、全てを一人で担うことはできません。さらに地上のさまざまな技術が組み合わさり、それらの集積によって宇宙機として完成していきます。つまり諸先輩方の成果を引き継いでいくものであり、バトンを渡していくもの。現在、私が携わっているルナクルーザーも、他のエンジニアがその成果を受け継ぎ、次世代へとつなげていくものになると思っています。私の上司がJAXA時代に実践していた組織運営から学んだことでもあるのですが、そのためにも目の前の仕事を成功させることだけが目的ではなく、関わる全員が楽しく成長できる環境を作っていきたい。そして引き継ぐ人を育て、プロジェクトを持続可能なカタチにしていく。そういった「ものづくり」を実現していければと思います。

転職者がホンネで語る! 応募者へのメッセージ
▼選考でのアピールポイントについて
トヨタでの選考にあたり、自らの技術がどのように活かせるか、いわゆる「キャリアの棚卸し」を行った記憶があります。たとえば、前職で携わっていたロケット開発は無人ではあるものの、万が一の危険性を考慮し、非常に高い信頼性が求められるものでした。実際、担当していた機器も安全を守る「最後の砦」として異常時にロケットを停止させるものだったため、その経験を通じて培った「信頼性設計のスキル」をアピールしたように思います。同時に、地上システムとのインターフェースなどはそのまま応用できるところもあると考え、それらの点を整理した上で「役に立つことができる」と伝えていきました。その結果、最終的には「電気・電子」に限らず、幅広い職種を提示いただくことができました。結果的には「電気・電子」を選択したのですが、さまざまな可能性を提示いただけたのは、率直にうれしかったです。また、選考スピードが非常に早く、面接やフォローアップ面談の日程が早期に設定いただけたことで意欲も高まりました。
▼現職で活きている「前職経験」について
さまざまな「現場を知る」その重要性をJAXAでは学ぶことができました。それは今にも活きているように思います。たとえば、種子島宇宙センターでは、ロケット打ち上げに関わる方々がどのような作業をしているのか、現場を踏まえた運用上のさまざま課題に触れることができました。「運用が早くなる方法」「データの見やすさ」「誤差の必要性」などをフィードバックしたり、開発段階で課題を先取りしたり、その重要性が実感できたように思います。また、筑波宇宙センターでは、大型ロケットと小型ロケットに同じ機器を搭載し、それぞれの特性に合わせてカスタマイズを行い、地上システムまでインテグレーションを担当しました。いかに正確に搭載機器が地上まで信号を送れるか、データが処理できているか。当時経験したプロジェクトマネジメント業務は現在の仕事にも非常に役立っていると思います。
▼トヨタのカルチャー・社風について
とても印象的だったのは、自動車業界にて豊富な経験を積んできた方々が「宇宙のことを教えてください」と謙虚におっしゃる姿勢でした。多様なバックグラウンドを持つメンバーと意見を交わし、吸収していく。そういった姿勢にとても感銘を受けました。また、宇宙業界では出会えなかった航空、住宅、AI・テック企業などさまざまな業界の方と協働できる点もおもしろいです。ルナクルーザーは「走行」だけではなく、居住性や空調、温度コントロール、UXなどにも力を入れており、総合的な設計を重視しています。だからこそ、各分野のスペシャリストとのやり取りがあり、知的好奇心が刺激される環境があります。そしてどの分野のメンバーも人間性が素晴らしく、互いに尊敬し合いながら新しいことに挑戦していく。そういった部分は環境面での大きな魅力だと思います。